仙台で占いをしてもらって気づいたこと

仙台に住んでいるものです。実は数か月前までいろいろ悩むことがあって占い師さんに占ってもらっていたんですよね。

その占いで気づいたことがあったんで書いていきたいと思います。

占い師さんとつい話し込んでしまっていろ色々ためになることを聞きました。その中から「なるほど」と思ったことをしょうかいしていきます。

占い師さんが言ったんです。

「実際は、動かなければ何も起きないんです。何月何日、金運がいいというんで、動かないで、家にいたら、空からお金が落ちてきたみたいなことはないんです。占いは、楽する手伝いになっちゃいけないんです」

占いと、霊感商法の違いは、霊感商法が「楽を売る」ことらしい。

「霊感商法は、100万円で幸せになれると、壺を売る。売るほうも売るほうだけど、100万円で幸せになれると思うほうも、思うほう。あれは両方に責任があるんですね」

なるほど、あやしい宗教もそうですよね。

「こうしたら、修行も何もいらなくて、楽に幸せになれる」と言ったら、その人たちを正しく指導していることにはならない。

「終末が訪れても、この宗教に入れば、あなただけが助かる」と言ったら、自分だけが助かりたいという自分勝手な人たちを集めた宗教になってしまう。

それは教育も同じですね。

先輩としては、精いっぱい試行錯誤して、こうやると失敗するよとアドバイスして、100の手間がかかるところを、50ぐらいにはできる。

でも、最終的には、自分で試行錯誤しながら動かないとダメなんですよね。

さらに占い師さんの言葉は続きます。

「今、ナマの自分自身を生きることが修行です。それで楽しんだり、いろんなことを味わうわけです。その体感をしないで、いきなりスコンと100万円で幸せになっちゃうのでは、全然意味がない。相談者がアドバイスをどのように活川するかは自山だけれども、その人たちを依存させて、相談者を私の意のままに動かすとかしたら、違ってくる」

相談にのる側には、相談者の気持ちを意のままに勣かすのが楽しいという人もいるのでしょうね。

「だからダークサイドヘいってしまう。」と言っておられました。

ダークサイドへいくのは、弁護士でさえあてはまるじゃないですか。これは自然の法則かもしれませんね。